<1> 訃報
テレビでは、誰も語らない
大好きだった女優の南田洋子さんの
並々ならぬ耐え難い人生時間も終わり。
帰ってきた酔っ払いの加藤和彦さんは、
天国に逝ったまま帰ってこなくなったし。
やっぱり天国ちゅうもんは、
酒は旨いし、ネエチャンは綺麗なのかな。
お線香のCMでお馴染みの落語界の重鎮
三遊亭円楽さんは、
お線香の向こう側へ逝っちゃって、
「お後がよろしいようで~」だし。
戦後をともに戦ってきた、戦友の忘却。
無常の淋しさが心の谷底から湧いて来る。
わたし、まだまだ若いと言われちゃう68歳。
「人間50年」って言葉が遺っていた時代に
出現したから、この時間軸は重いのよ。
戦後も、戦地で亡くなった親父を引き継いで、
ずっと鬼畜米英と戦争をしてきたような
そんな気がする。
いま、老い先短く、若い頃には感じていなかった
「不思議な感覚」が、昨今付き纏う。
それは。
<2> 不思議な感覚
ひょっとして、彼らは死んでいない?
人は死なない?
そんな感覚。
これってなあに?
つい昨日までは、
死は、生きてることとは真逆な現象。
生と死の間には、決して埋めることのできない溝がある。
そう感じていた。
でも今は、そうは思えない。
命は、生から死へスムースに移行し、
死から生へスムースに移行する。
そんな気がする。
だから、なにも苦しまなくて
なにも悩まなくて
すべては「生成流転」の内にあるような。
愛の懐に抱かれているような。
死ねるって感謝。
すべての重荷を置いて逝く、
最高の祝福。
地位も名誉も財産も、
トラウマの呪縛も、病いの激痛も、
それは束の間の雲散霧消する属性。
主体たる自分さえも、消え失せる。
死って、これ人生最高のクライマックス?
大きな大きな命のサイクルの内のエキシビション。
死があるから生が一瞬輝いて見える。
だから生は、あまりにも愛しい。
<3> 消えゆく「生」というもの
戦後って、食べられない時期が普通にあった。
3~4日食べられない日はザラで、
1週間は、記憶にあるだけで3回もある。
家に帰って、お袋に発する第一声は
「腹へった何かな~いッ」だった。
お袋を泣かせちゃってたんだな。
すまないことをした。
健康のためには一日三食、キチンと食べる。
栄養のバランスを考えてネッ♪
笑わせんじゃない!
飴玉すらなく、ボタンを舐めていた幼い頃。
ナチドイツと戦うレジスタンス映画のなかで、
やはり同年代の子どもが、ボタンを舐めていたっけ。
ボタンって美味しいんですよ。口淋しい時にはネ。
食欲って、3~4日もすれば段々薄れてくる。
隣でオイシイものを食べていようと、欲しくは無い。
ただし、見る夢は「食べてる夢」ばかりですけどね。
体力が落ちて、すべての欲望が薄れていく。
欲望に振り回されているのは、体力がある証拠。
その内、生死の判断もつかなくなる。
生死の境を行ったり来たり。
<4> 「命」の輝き
戦後の日本社会は、とても凄惨で残酷な状況だった。
初めて見た映画は「原爆の子」。
街には、手の無い人、足の無い人で溢れかえって。
テレビで知るアフガンか、どこかの映像と同じで。
精神を病んだ方も、友達のお父さんお母さんの中に
普通にいた。訳もなく路面電車の交通整理をしていたり、
「敵が来るゾ~ッ」って、警笛を吹いて走り回っていたり。
みんなみんな傷ついていた。
みんなみんな泣いていた。
幼心に思った、
「生まれ来るんじゃなかった」と・・・
それはそれは怖ろしい世界が広がっていた。
二度と戦争なんてしちゃいけない。
広大無辺な暗黒の大宇宙の中で
ただひとりポツンと自意識がある。
わたしはココにいる。
まだ、生きている。
お隣さんは、在るのか?
幸せなのか?
わたしはココです。
死んでなんかいません。
みんな一瞬だけど、
眩しく輝く大切な宇宙家族。
「生きてる命の証」を
Twitter「つぶやき」する家族。
わたしはココです。
ココにいます。


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